一緒に暮らそう
 紗恵がこのカフェへ採用面接を受けにやってきたのは、ただ中山さんの顔を立てるためだった。少なくとも、紗恵の頭の中の認識ではそういうことになっている。けれどこの「海辺の生活」に来て、オーナーの話を聞くと、彼女の心は激しく揺さぶられた。

 何を迷うことがあるのだろうか。新多以上に大切な存在はないはずではないか。彼を愛しているのなら、これから異国で働く彼を支えて生きるのが筋ではないだろうか。
 今の今まで鳴かず飛ばずの人生だったのに、三十路を迎えていきなり素敵な男性に求婚される一方、憧れの仕事のオファーまで受けてしまった。だが、全てを手に入れることはできない。何かを得るためには別の何かを捨てるのが世の常だ。考えてみればこれはありがたすぎるシチュエーションなのだが、贅沢な悩みほど悩ましいものはない。

< 191 / 203 >

この作品をシェア

pagetop