一緒に暮らそう
「最後の最後まで困らせちゃってごめんね」 
 翔子が言う。
「あなたが彼女と結婚しちゃうのは残念だけど、でも、こうなったらあなた方の幸せを願うしかないわね」
「ごめん」
「何でそこで謝るのよ。私はあなたの結婚を祝福しようと、破れた心に鞭打って頑張ってるのよ」
「あ、ありがとう」
「彼女を幸せにしてあげてよね」
「翔子。もしお前さえよければ、同窓生兼同僚として式に出席してほしいんだが」
 新多がたずねる。
「せっかくだけどそれは遠慮させてもらうわ」
「わかった。無理を言ってすまない」
 そういう提案を素でしてしまうところが、良く言えば素朴で、悪く言えば無神経だ。悔しいけれど、彼女は新多のそういう無防備な性格が好きなのだ。

 新多の注文したボンゴレロッソが運ばれてきた。翔子に促され、彼は先にパスタをいただくことにした。
 翔子は久しぶりに目の前で食事をする元恋人の姿を観察した。とてもきれいな食べ方だ。彼は麺を巧みに巻き取りながら、その端正な口元に運んでいる。思わず見とれてしまう仕草だ。
 無粋な面もあると思いきや、彼にはこんな洗練された一面もある。その意外性が乙女心をくすぐるということを、本人は自覚しているのだろうか。おそらく彼の婚約者も彼の立居振る舞いに魅了されているはずだが、当人は彼女の反応になんか気づくはずはない。
 翔子に許されているのは今しばし、この美しさを堪能することだけだった。
< 197 / 203 >

この作品をシェア

pagetop