一緒に暮らそう
 新多が商品を選んでレジの所に来た。
 紗恵が手早く会計を済ます。

「あれから警察から連絡はあった?」
「いえ、特に何も」
 新多が訝しげな顔をする。
「ずいぶんのん気だな。あんな目立つことをする連中、捕まっても良さそうなものなのに」
 あの時紗恵が言っていた田舎町の黒い権力構造は、やはり実在するのだろうか。
「どうでしょうね」
 紗恵が長い睫を伏せる。

 犯人が野放しになっていたら、またいつ何時嫌がらせをしにくるかわからない。
 どうしたものかと新多も考えた。

「あのこれ」 
 紗恵が茶色い紙袋を差し出す。
「これは?」
 新多の涼しげな目が紗恵の目を見た。
「この前のお礼です。煮物とおにぎり」
「煮物とおにぎり!?」
「はい。筑前煮とシャケむすびです」
「気を遣わなくていいのに」
「そう言わずに、どうか受け取ってください」
 紗恵は紙袋を新多の胸元に押しやる。

「じゃあ、お言葉に甘えていただくよ」
「ええ」
 袋を少し開くと、中にタッパーに入った煮物とラップにくるまれた2個のおにぎりが見えた。
「ありがたいな。お宅のおにぎり、好きなんだ。ここのは飯がふっくらしているだろう」
「そう言っていただけるとうれしいです」

 新多は「ありがとう」と言って店を後にした。
 紗恵は今日初めて彼の笑顔を見た。
 あんなふう笑うことができるなんて知らなかった。
 
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