鬼滅羅〈キメラ〉
背後に、気配を感じた。

「何、もう準備できたの」

私は、部屋に戻ってきた喜兵衛に言った。
いつも通りの無反応。

「喜兵衛?」

いや、何かが違う。
目が据わっている。

彼は、片手に赤いポリタンクを下げている。
私が命じて、持って来させたものだ。

彼は、そのキャップを捻り開け、乱暴に床に投げつける。
中の液体が散乱した。

ガソリンの匂い。

「何、やってるの?」

彼の右手には、灰色に煌めく短刀。

来ないで……。

「止めなさい!!」



獣のように唸りながら、喜兵衛はゆっくり近づいてきた。
もう、その刃物を、頭上まで振り上げている。

「私に逆らって、どうなるか分かってるの!?」

彼に人間の理屈が通用しないことは分かっているのに、叫ぶのを止められない。

「私が、悪かったわ!お願い……」

やめて!

自分の命運を、明らかに何者かに握られることへの、底知れぬ恐怖。

仄白い月明かり。

冬の冷気。

薄氷色の無音。



喜兵衛が、刃物をスイングさせた。
私は、とっさに自分の頭を庇ったけれど、彼は私の胸から腹にかけて、横一文字に斬りつけた。
刃先が肋骨を削る音と、肉を裂く痛み。
膝から力が抜けて、その場にへたり込んだ。



彼は私の首に手をかけた。

そして、刃物を振り下ろす。

正確に、頸動脈めがけて。
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