鬼滅羅〈キメラ〉
私はふと、小さい頃、カブトムシを殺したときのことを思い出していた。
石で潰した時、手に伝わってきた、あの堅い装甲が砕ける振動。
そして、破片の隙間から溢れ、はみ出す、柔らかな肉と体液。

ああ、そっくりだわ。
ただ一つ違うのは、それが“人間のもの”だということ。



足元に広がる、赤い湖のようなものを眺めながら、私は顎を鳴らした。
廃ビルはわずかに傾斜していて、流れはじめた血液が、私のつま先へ延びてきた。

「新しい靴が、汚れるじゃないの」

忌々しい、と私は言った。

「喜兵衛」

血溜まりの真ん中には、倒れた男の隣りに、喜兵衛が立ちつくしていた。両手で鉄パイプを握りしめて、助けを求めるように、私を凝視していた。

「よくやったわね。じゃ、これ使って後始末してちょうだい」

私は掃除用具一式が入ったポリ袋を、喜兵衛の所へ滑らせた。

こればっかりは、こいつには用意できまい。

「跡の残らないようにね」



これで、邪魔者が一人減った。
私は満足だった。
しかし、虚ろだった。

なぜだろう?
何かが足りない。
何もかも足りない。
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