阿修羅
第一章
あの日も、ちょうどこんな霧雨の降る夜でした。
窓ガラスをさらさらと撫でる雫が、余計に静けさを際立たせます。

私はベッドの中で、息を殺していました。
ピンクの花柄の、柔らかな布団を目元まで被り、目の前の木目に視線を泳がせています。

2段ベッドの下に私、上には兄が寝ていました。

「兄様」

返事はありません。

時計の針の進む音ばかりが鼓膜をくすぐります。
そのとき。



「朝子ちゃん」



あいつだ。
あいつが来たわ。

私は身をこわばらせました。
布団を握りしめた手のひらには脂汗が吹き出し、爪が食い込みます。

あのドアの向こうにいる男を、私はとてもよく知っていました。
夜中になると決まって、ああして私の名を呼ぶのです。
そして、私が拒むのも構わずドアをこじ開け、嫌がる私を押し倒すのです。

小さく始まった身体の震えは、今や私の全身を包み込んでいました。

男は私の布団を引き剥がし、露わになった私の幼い四肢を抑え込みました。
なま暖かい湿った吐息が、私の首筋を濡らします。

男は私の寝間着のボタンを千切り、そうして男の厚ぼったい唇が私の鎖骨から、白い胸元へと這ってゆく……



男の身体がずしりと、重みを増しました。
かと思うと、ぬるい液体が頬に滴ってきます。
そして、第2の衝撃。

そのとき全てを悟った私は、のしかかる男を、ベッドの下へとはねのけました。

そして、身を起こし、乱れた着衣を整えているとき、梯子から兄がゆっくりと、降りてきたのです。

右手に、大ぶりのハンマーを携えて。
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