エゴイスト・マージ
”……って思てる”
蔦さんの声
こんな所でこんなに声を潜めて
普通うに考えれば誰にも見られず
誰にも聞いて欲しくない内容のものだと
分かるハズなのに
私は意識的にそれを排除して
自分に都合のいい言い訳をしながら
尚も聞こえ易い位置へと移動した
それは蔦さんを知ることが
先生を知ることになるんじゃないかと
浅はかな考えから
”可笑しなコト言うなぁ。
自分が一番可愛いで?”
電話の向こうの相手はきっと
蔦さんにとってそれなりに
気心の知れてる感じなんだろう
先生とも面識ある人なんだろうかと
何かしらの情報を得ようとしていた私は
次第に違和感に気が付き始めた
”え?ハハ……又それか
毎回言われるなぁ”
最初は今まで私の知ってる蔦さんそのもので
だけど何だろう、微妙に違っているのが分かる
あ、今みたい
掠れた声で笑う所とか
”ああ、そうかもしれへん
ホンマ、かなんなぁ”
相手を気遣かってるのか声は
あくまで明るかったけど
その表情はとても寂しそうだった
”何んや、どうしたん?”
暫くの無言の後
蔦さんは、深い溜息を付いて
”……そんな事出来る訳ないやん
知らなくってエエこと
言わなくてエエこと
……分かっていても
どうにもならんことあんのや
自分のエゴを押し付けるほど
もう子供やない”
”そう思ってる
ちゃんと思ってんねん、嘘は無い
やのに、何で……”
突如、蔦さんの腕が近くの木を
殴るような感じで打ち付ける音に
我に返った
―――ダメだ
もう聞いちゃいけない
これは蔦さんの本当の‘心’だ
確信はないけど何故だかその時
そう思った
その証拠に電話の相手には聞こえないように
通話口をもう片方の手でしっかり押さえているように
見えたからだ
音を立てないように私はゆっくり
その場を離れた
結局、誰と何の話をしてるのか
良くは分からなかったけど
気がつくと私は走り出していた
走って校舎にたどり着き
それから教室へと向かうにつれ
徐々に走る速度は緩み
次第に止まるかの様に足取りは重く
なっていった
自業自得だけど
もの凄い罪悪感に苛まれていた
散々聞いておいて
今更のように聞かなかれば良かったと
後悔とか
本当に自分が情けなく思えてきて
他人に見せたくない領域に
踏み込まれる嫌悪感と恐怖を
私は誰よりも知ってる
――何故、あんな事を
扉を開けると本から目を起こした先生が
私を一瞥した
「遅かったな」
「うん……」
「何かあったか?」
「ううん」
「…………あ、そう」
先生は私の方に手を出して
「本、返せ。会わなかったんだろ」
「うん」
会わなかった
……アレ?
先生?