エゴイスト・マージ
三塚 醒

教師





ああ、またか……






これは夢だ……分ってる。

足音、罵声、荒い息遣い。


すぐ、そこにいる。


暗闇の中で息を殺す
次第に息苦しくなり意識が朦朧としてくる。

だけど今、息をしたら捕まってしまう

今度こそ殺されるかもしれない。

逃げなきゃ。



…………

……今、何て?

こんな狂った世界でも

僕はまだ生きていたいのか?


それとも

いっそ死んだら楽になれるんだろうか。


繰り返された幾千もの自問自答。






その答えは――










目が覚めるとやはり真夜中で、
時計の針が耳障りな音を立てている。

まるで闇夜で怯える幼き子供の鼓動と
シンクロするように。





夜の雨はあまり好きじゃない。

目に見えない音だけの世界へと
否応なしに引き摺り戻される。

全てのマイナスはスパイラルとなって
現実をも突き刺さし、この身を侵食し続ける。




あの女から解放されても
それは幾度となく繰り返されてきた。






保護された施設から学校に通う事になった。

だが、そこで待っていたのは
所謂イジメと言われるものだった。

子供とは世間というしがらみが無い分
残酷でいられる生き物で、
度を越すという意味すら理解できない。

彼らは自分達より劣る環境にある者を
これでもかと言う位、口汚く罵り
自分たちが優位な立場にあることを殊更に主張する。

無論、影でその無垢な子供にその情報を与えてるのは
他ならぬ親達なのだが、表向きは
差別はしてはいけない等とそういう奴等ほど
ほざくものだ。


僕はどんな目にあっても泣くことは無かった。
多分、その時までに涙という涙は
使い果たしていたからかもしれない。

否、感情そのものが既に欠落していた所為か
何を言われようと、何をされようと
どうでも良かった。

赤の他人に与えられるモノなど、
あの女から受けた痛みに
それらは到底及びはしない。

”こころ”を手放した事で
痛みを感じなくなった。

何をされても、まるで他人事。
人から向けられる感情の僅かな感覚さえも
次第に理解できなくなった。

そのうちあの魔女の顔すら忘れてしまった。







状況が変わり出したのは中学の頃、
俺の周りの状況は一転した。

ゲンキンな女達は外見と目に見える成績
とやらに弱いらしく、
いつしか俺の周囲には多くの女どもが
群がるようになっていた。


それに伴って子供じみたイジメは無くなり、
あるとすれば、せいぜい嫉妬絡みの
嫌がらせくらいだった。

男から見れば未だ敵対対象でしかない俺だろうが
それでも女に嫌われることは、極力避けたい思春期の
男共はあからさまに手も出せない、というわけだ。

俺に必死に媚びる女と、どれだけ寝たかなんか
イチイチ覚えてない。

皮肉な事に、この顔が俺の武器となった。


ある時、

そんな俺に素行を注意してきた女がいた。

ソイツは新米教師で生徒に対して熱く情熱を
傾ける生徒からは評判の先生だった。

俺を見かねて不純異性行為とやらを
正しなさいと何度も指導を受けた気がする。

だから俺は生まれて
初めて自分からその女を誘った。

最初こそ戸惑っていたが、何度も何度も
誘ううちに態度は軟化し、
今までの事は全て貴方を振り向かせる為の布石だと
耳元でそう囁くと呆気なく女は堕ちた。

興味本位で一度だけ女教師とヤッたが、
口では偉そうな事を言っても所詮そこらの
女と何一つ変わりは無かった。

関係を切ろうとした時、何故かと聞かれたから
別段理由も無く、もともと特別な感情も
有して無かったと、正直に答えたら次の日から
学校へ来なくなった。

風の噂で自殺未遂をしたと聞いたがそれが
本当かどうかなど興味すら湧かなかった。
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