エゴイスト・マージ

「寒くは無いな？」

「うん」

「そこ座れ」

授業で使う瓶が入っていた大きなケースに
シートを被せた簡易的なベンチを指差す。

「新聞紙を下にひいてるから尻痛くないだろ」

「全然」

時計にチラリと目を遣る。

その瞬間、夜空に夏特有の夜の人工の星が
華の形に似せて煌びやかに現れた。

「意外と近いな」

暫く様々に様相を変える光を見入ってると
不意に隣が静かなのに気が付いた。
何時もなら煩く騒いでそうなのに
まさか、この音に掻き消された訳でもあるまい。

見ると、月島は空をみて声も無く泣いていた。

「……綺……麗」

俺は色を変えて輝く光に
照らされてる横顔を眺めていた。


（お前見てるほうが面白い）












「近くで見たかったんだろ」

「そうだけど……でも」

混雑を避けるために気の早い観客の一部が
帰り始めた人並みに逆行する形で
俺達はうざったらしい花火会場へと向かっていた。

「先生ソレ……」

折角連れてきてやったのにまた性懲りも無く
文句たれてると思ったら、
今度は俺が付けているお面が気に入らないらしい。

（ったく）

「ああ？仕方ねーだろ、一生徒と
こんなとこいるの見つかったら面倒だしな。
父兄ってヤツは、わざわざご丁寧に
学校に連絡入れて下さるんだよ」

「っていうか……それ可愛い」

（そっちかよ）

「あいにく俺には見えねぇって」

ああもう……笑ってやがるから人にぶつかる。

「トロくせぇ、ほら」

差し出した手を月島がぎこちなく握り返してきた。
足の遅いコイツを引っ張って重低音が響く
光の輪の下へと移動する。

何度か振り向いた月島の顔は
曖昧な光源でもはっきり分るくらいで。

ホント泣いたり笑った……赤くなったり
忙しいヤツ。

「ありがとう先生、私……」

続く声は特大連発花火の観客の歓声にまぎれて
掻き消されてしまった。








翌日、授業の終わりと裄埜が近づいてきた。

質問かと聞くと、
いつものごとく爽やか顔で
いいえと答えた。

「この前、雨音に花火行こうって誘ったんです」

「そうなんですか」

「だけど用事があるって言われたんで、
部の奴らと行ったんです。
見掛けたんですよ、そこで」

「先に誰かと約束してたんでしょう」

「それは先生が一番知ってるんじゃないですか？」

「済みません。
言ってる意味が分かりませんが」


「あのお面、
全然、似合ってませんでしたよ」



（……悪かったな）


暫くの沈黙。


「雨音のこと、どう思っています？」

「月島？勉強が出来る可愛い生徒の一人です」


「本気でそう言ってます？」

「勿論」

「じゃ俺が告白しても構いませんね」

ニコニコ笑いながら裄埜君がそう言った。


「したら良いと思いますよ。
そもそも僕に許可を取る必要ないでしょうに」


「ですね」



決して相手に腹の中は見せない、
まるで狐の狸のばかし合いの様な光景。


下らない。

俺を、お子様同士の色恋沙汰なんかに巻き込むな。


「良かったです。先生は所詮、
“お子様同士の色恋”なんて興味ないですよね」

「…………」


裄埜。


――コイツ思っていた以上に曲者だ。