エゴイスト・マージ

感情


最近、漸く静かに読書が出来ると思い始めた頃、
蔦が学校にフラッとやって来た。

「何か最近、姿見ないけど、どないしたん?あの子」

「ああ、アレか。知らねーよ」

「アレって……」

苦笑する姿を見せる蔦、
特に興味もないくせに。

「今日は何しに来た?」

「そりゃ、醒ちゃんの顔を見に」

「見たろ。帰れ」

「スーツ姿で仕事をする所を堪能しに
来てるんやから、そないにぞんざいに扱わんでも
エエやろう?」

「お前、今は仕事忙しくないのか?」

「最近はそこそこかな」

普段から仕事ぶりを見に来たと言っては
よく邪魔しにきているのだが、
今日はいつもと様子が違う。

さっきから何か言いにくそうに
コーヒーを啜りながらこっちを見てる割には
軽口を挟んで来ないなと思っていた矢先、

「なぁ醒ちゃん、親のこと知りたいと思う?」

何十分も俺を窺っていたと思って
言った台詞がそれなのか?

「下らない」

「あーまぁーそう言うわな」

予想はしていただろう俺の返事に
蔦は苦笑いを返す。

「俺に親とか存在しない」

「……そうは言うけど」

今更なんだというのか
いつもならすぐに引き下がるはずの
蔦は尚も言い淀む。

「どういう了見だ。仕事でも無いのに」

「違うと言えば違うし、そうでもないと
言うか……」

何が言いたいんだ、コイツ
全く持って要領得ない。

「確か以前にも同じようなこと
持ち出していたな、お前。
俺が答えたのを覚えてないのか?」

「覚えてる、お前の言ったことは全部」

「じゃ、もういいだろ。出て行け」

「いやいや。そないに怒らんでも」

「怒る理由はない。お前との会話が無駄だからだ」

「回りくどい言い方した俺が悪かった。
単刀直入に言うけど、親も含めて身内の事とか
よう知らんやろ?
知っておいて損はないと思う話やで」

「俺が知らない自分の事を、
お前が知ってると言う訳だ」

「醒ちゃん!」

「昔、言わなかったか?
俺には身内などいない。興味すら湧かない。
……お前もそうだと思っていたんだが、違ったか?」


「……分かった。
もうこれ以上無理強いはせんよ、悪かった」

あそこ(施設)にいた人間には
縁の薄い身内に殊更執着する者もいれば、
自ら断ち切る者もいる。

蔦は明らかに後者の類だった。

ソイツが何故、こんな事を持ち出すのか分からない
ましてや自分のことで無く、俺?

仕事の調査の一環で何かあったのか?


まぁ別にいい。

俺には親……母親など存在しない。

いたのはあの魔女だけだ。


それすら、もういないけどな。








風が気持ちいい。

本を片手に窓際でカーテン越しの日差しを受ける。

ともすれば眠ってしまいそうだ。


夜は相変わらず眠れない。

というか、ぐっすり寝たという感覚が
俺の中であまり経験したこともないが。

無防備に意識を失くすのが苦手で
浅い眠りの為か、いつも微かな音で目が覚める。


ガタ……カラカラ。

薄ら開けた目が自分でも段々訝しく
細まっていくのが分かる。
ヤツの挙動不審は今に始まったことではないが。

「…………」

何やってんだ?あのガキ。

恐らくこちらには気がいてはいない様子。

コソコソと教室に入ってきたと
思ったら……あ、多分俺に今気が付いて
固まっていやがる。


そして再び動き出した。

引き留めるつもりなど露程も無かったのに、
自分でも不思議だが、わざわざ口にしていた。

「……まるで、泥棒みたいだな」

聞けば蔦に頼まれものをしたという。

そうだな、そうでなければ
お前がここに来る理由は無いだろう。



「裄埜とはどこまでいった?」



その涙は何だ?



お前が泣く意味が分からない……分からないんだ。


何を思って泣く?


俺らしくもない……聞いてどうする?

それを知ったところで、
俺に理解出来るとでもいうのか?

ファイルに目をやる。
が、いつものように頭に入ってこない。

「……私も、私もずっと暗闇を生きてきた。
私にはお母さんも、助けてくれる先生もいたけど
それでも、自分しか言えない言葉があって」

月島が月島らしからぬ言葉を言う。

意味は分からないが、何かそこに
引っかかるものを感じた。


―――それは何だったか。


俺を“好きだ”という月島。

これはゲームの継続を意味するものなのか?


「そんなに良いなら俺とヤる?」


俺は何かしら特別な感情を持って
女を抱いた事は一度たりともない。

これだってそうだ。
お前が単に俺を必要でも利用でもしたいと
いうなら、それに応じるのも吝かではないが?

ゲームのオプションと思えばいい。

腕の中で、ガタガタ震えてるのが分かる。
だからって、無理やりって事はないよな。

そのうち他の女のように喘がせるさ、
全部の女がそうだったように。

だって……女って皆そういう生き物だろ?


だが、キスをすれば大抵は大人しくなるってのに
月島……何故そんな顔で俺を見る?
お前が望んだんだろ。



イラつく。


他人に対してこんな風に思ったのも
初めてなら、

逃れようとするヤツを引き寄せてまで
抱きしめたのも初めてだった。




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