エゴイスト・マージ


緒方と月島。

その関係は小学生の頃だという。

普通の内科医ならそれまでなのだが。

問題は、緒方の専攻が
単なる内科というよりも
心療内科に特化しているという事で、
月島が小学生の頃からこの治療を
何故必要としていたかいう点にあった。





「月島、起きて大丈夫なのか?」

「はい、元気です」

翌々日、見舞いにいくと月島は起きていて
俺を見つけるなり、
まるで飼い犬が主人を見つけてたかのように
目を輝かせていたかと思うと、今度は、
ションボリ項垂れる。

「私、また倒れたらしいですね。
ご迷惑かけました」

覚えてない……のか?

視界の端に入った女医に
それを無言で問いかけたが、
視線すら合わせようとはしなかった。

「時々こんな風に、
意識が途切れることあるんですよね」

最近は滅多に無かったのに、
と月島はまるで他所事のような口ぶりだ。

暫く俺達の様子を見て
緒方は静かに病室を出て行った。

月島は今日学校で
何があったか逐一俺に話させた後、

「やんちゃはしてないみたいですね、うんうん」


と、何だか満足げに笑う顔に呆れてしまった。

「何の確認だ?お前」





病院を出て駐車場に向かおうとした時
その姿に気が付いた。
なるほど、ここならアイツも
来ないだろうと踏んだのか。

「解離性障害に伴う健忘みたいね、さっきは」

「というと?」

「都合の悪い前後の記憶が飛んでる、
ていったら分かりやすい?」

「成程」

緒方は俺の言葉に、何か考えているようだった。


「雨音ちゃん、貴方といる時あんな風に笑うのね」

「……月島はいつもあんな感じだよ」

「そして、貴方も随分」

「何?」

「気がついてないならいいの。
月島さんの前では三塚くん、
印象が違うなって思っただけ」

俺は黙って緒方を見返した

「言っている意味が分からない」

「じゃ、そいうことでいいわ」

緒方の戯言に付き合ってる暇は無く、
月島の容態を探る。

「月島の病気は何?」

「…………」

「教師として教え子の状況を把握する義務がある」

尚も拒絶の姿勢を崩さない緒方の目を捉える。
今度は俺も譲るつもりはない。

「本当に変わったのね」

緒方は俺の表情を覗うように
言葉を続ける。

「昔の三塚くんて表面上すごいやさしくって
人気もあって……

でも実際は例え隣で今にも死にそうな人がいても
平気で見捨てていきそうな人に思えたのに」

「はは……それは幾らなんでも
言いすぎだよ、緒方さん」

……この女、よく見てやがる。
今更ながらその観察眼に妙に感心した。

口元を笑みを浮かべ先を促す。

俺の態度が変わらないと分かって
緒方がやっと折れた。

「PTSDによる心因反応」

「普段何とも無くっても、あるきっかけで
発作がみたいなのが起こることがあるのよ。

本人が何が原因で発作が
起こるのかわからなくって、
それが何を意味するのかとか。

あまり推奨はされてはいないんだけど、
催眠療法っていうのがあって
トラウマの原因が分かることがあるの」

「月島にしたんだ?」

「したわ。でも原因はわからなかった」

あまりの即答ぶりにそれは嘘だ、
と直感で感じた

カウンセリングといっても
どのみち傷を抉ることには変わりはない。

傷に触れることができないからこそ、
カウンセリングも治療もまともに
やれてないんじゃないか?

それは対象相手が幼かった為か、それとも
本人には教えられないほどの結果だったのか。

或いはその両方だったかと想像に難くない。


だとしたら俺に話すはずが無い
聞くだけ無駄か。

俺があっさりと引き下がると、

「知らなくって良いことってあるのよ」

キーレスの音に混じり背中越しに緒方が、
何か小さく呟いた様に思えて
振り向いたが、あの女の姿はもうそこになかった。
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