エゴイスト・マージ
母親
「先ほど連絡をさせて頂いた、
籐華院高校の三塚と申します」
しかし、インターホンからの返答は無く、
聞こえたのだろうかともう一度押そうとした時、
玄関の格子戸が開いた。
そこに現れたのは、今時には珍しい着物姿で、
髪を結い上げた品のある月島の母親と思しき
女性だった。
「娘さんが倒れた事、ご存知だと思います。
私が傍にいながら誠に申し訳ありません。
もっと早くに伺うべき所、遅くなりました失礼を
重ねてお侘び申し上げます」
「頭をお上げ下さい、どうぞ中へ」
華奢な身体に見合った静かな声。
通された部屋は畳張りの障子に囲まれた部屋で、
庭からは木々の濃緑に彩られた光が
部屋の陰影を際立たせていた。
その静の空間にこれまた拮抗するかの如く
盛夏を誇らしげに謳う蝉時雨が降り注ぐ。
「わざわざ来ていて頂き、ありがとうございます。
ですが、先生がお気になさることはありません」
「しかし……」
彼女は首を小さく横に振った。
オレはそんな母親の様子見ながら
タイミングを見計らっていた。
「今回のように倒れたのは初めてですか?」
「いえ、何度かあります。
その度にあのクリニックにお世話になっています」
後々、分るであろうことは隠さない人のようだ。
「緒方クリニックですね。
……担当の女医さん実は私の高校の同級生なんです」
再度、反応を覗う。
今度は無言での答えが返ってきた。
そして、核心へと触れる。
「緒方医師は心療内科専門だとお聞きしてます。
娘さんが何故その治療を必要とされているのか、
しかも随分幼い頃からの様ですが、
……私で協力できることはありませんか?」
これは一つの賭けに過ぎない。
無論、緒方が口を割らない秘密を
実の母親であるこの女性が易々を零すとは
思ってない……恐らくは、だが。
断定できないのはそんな母親が自分には
存在しなかったことに由来する。
「誤解なさらないで下さい、緒方医師は何一つ
口外されてはいません。それでここに来たのです。
決して興味本位からではありません」
そう付け加えて。
母親は言葉の真意を確めるかのように
オレの姿をその瞳に暫し拘留する。
このまま時が止まるのではないかと
錯覚を起こすほどの長い間ののち、
母親は漸く浅い息継ぎをした。
その間は、まるで月島親子が
抱えてきた過去から現在までの
時間経過を表すかのようにも思えた。
「……あの子は学校で笑っていますか?」
「……」
「昔は良く笑う子でした」
「彼是8年ほど前だったでしょうか、
私再婚したんです。
相手も子供のある方でした。
お互い一人づつの連れ子で主人は、
初めての女の子がうれしいようで傍から見てると
まるで本当の親子のようでした。
その息子も高校生で妹が、可愛くて仕方が無いと
言ってはよく遊んでくれました」
心なしか‘息子’のフレーズが
他の言葉より澱んで聞こえた。
籐華院高校の三塚と申します」
しかし、インターホンからの返答は無く、
聞こえたのだろうかともう一度押そうとした時、
玄関の格子戸が開いた。
そこに現れたのは、今時には珍しい着物姿で、
髪を結い上げた品のある月島の母親と思しき
女性だった。
「娘さんが倒れた事、ご存知だと思います。
私が傍にいながら誠に申し訳ありません。
もっと早くに伺うべき所、遅くなりました失礼を
重ねてお侘び申し上げます」
「頭をお上げ下さい、どうぞ中へ」
華奢な身体に見合った静かな声。
通された部屋は畳張りの障子に囲まれた部屋で、
庭からは木々の濃緑に彩られた光が
部屋の陰影を際立たせていた。
その静の空間にこれまた拮抗するかの如く
盛夏を誇らしげに謳う蝉時雨が降り注ぐ。
「わざわざ来ていて頂き、ありがとうございます。
ですが、先生がお気になさることはありません」
「しかし……」
彼女は首を小さく横に振った。
オレはそんな母親の様子見ながら
タイミングを見計らっていた。
「今回のように倒れたのは初めてですか?」
「いえ、何度かあります。
その度にあのクリニックにお世話になっています」
後々、分るであろうことは隠さない人のようだ。
「緒方クリニックですね。
……担当の女医さん実は私の高校の同級生なんです」
再度、反応を覗う。
今度は無言での答えが返ってきた。
そして、核心へと触れる。
「緒方医師は心療内科専門だとお聞きしてます。
娘さんが何故その治療を必要とされているのか、
しかも随分幼い頃からの様ですが、
……私で協力できることはありませんか?」
これは一つの賭けに過ぎない。
無論、緒方が口を割らない秘密を
実の母親であるこの女性が易々を零すとは
思ってない……恐らくは、だが。
断定できないのはそんな母親が自分には
存在しなかったことに由来する。
「誤解なさらないで下さい、緒方医師は何一つ
口外されてはいません。それでここに来たのです。
決して興味本位からではありません」
そう付け加えて。
母親は言葉の真意を確めるかのように
オレの姿をその瞳に暫し拘留する。
このまま時が止まるのではないかと
錯覚を起こすほどの長い間ののち、
母親は漸く浅い息継ぎをした。
その間は、まるで月島親子が
抱えてきた過去から現在までの
時間経過を表すかのようにも思えた。
「……あの子は学校で笑っていますか?」
「……」
「昔は良く笑う子でした」
「彼是8年ほど前だったでしょうか、
私再婚したんです。
相手も子供のある方でした。
お互い一人づつの連れ子で主人は、
初めての女の子がうれしいようで傍から見てると
まるで本当の親子のようでした。
その息子も高校生で妹が、可愛くて仕方が無いと
言ってはよく遊んでくれました」
心なしか‘息子’のフレーズが
他の言葉より澱んで聞こえた。