エゴイスト・マージ

「家庭は円満だった、そう思ってました。
暫くして主人が単身赴任となり、私も度々
手伝いの為に向こうへ行くようになりました。

娘のことが気掛かりでしたが、
いつも息子が大丈夫だからと
言う言葉に甘え、ついつい任せる事が
多くなっていったのです」


ポツリと話し出した母親の声を遮る程、
五月蝿かった蝉の声はいつしか途絶え
その分、うだるような暑さも少しマシに
なった感じがした。


「異変に気が付いたのは随分経ってからでした。
最初、私が出かけるとき笑って見送っていた娘が
何時からか、服を引っ張って
まるで行くなと言わんばかりに
顔を歪ませるのです。

やはり寂しい思いをさせてるのだと後ろ髪を
引かれはましたが、
主人の仕事にも支障をきたす訳にいかず、
結局は兄に託して単身先に
向かうしかありませんでした」

俯き加減で話す姿に話を止めようとは思わなかった。
彼女の膿を出させる様に俺は静寂を以って先を待つ。

「……ある時、用事が思いの外早く片付いたので
急いで家へと戻りました。
朝、娘の部屋へ顔を見るつもりで部屋を開けると
あの子はまだ眠っていました。

酷く、ぐったりして泣きつかれた様子に
心が痛みました。
母親を一番必要としている時期に度々家を空ける
私を恋しがって泣き疲れたのだろうと。

布団が……布団のズレを直そうと掴んだときに」

一旦言葉を区切って、再び言葉を口から紡ぎ出した。

「……見えたんです。

身体に特徴的な無数の痣。
有り得ない場所からの出血、
大腿にこびりつく様な液体が。

痣は周到に普段服で隠れる場所に限られ、
薄くなって部分の上から幾重にも。

その様子は何が起こったのか明白でした。
これが初めてでないであろうことにも。


今にして思えば、お風呂に一緒に入るのを
拒むようになったのは、この頃からだと
記憶してます。

あの子は10歳にも満たないほんの子供でした。

自分の身に何が起こっているか理解していたか
どうかすらそんな幼い女の子だったんです。
怖くて……怖くて堪らなかったでしょうに。


私は愕然としました。
該当する人物はこの家で一人しかいません。

何食わぬ顔で一緒に生活をしている男、
皮肉なことにその相手に娘を預けていたのです。

娘は出掛ける私の服を引っ張り、
背後に潜んでいる相手に気が付かれぬよう
必死に私に助けを求めていたのでしょう。


なのに……私は何一つ気が付きもせず、
何よりも大事な我が子を
守ってはやれませんでした。

止めるあの娘の声に出せない歪んだ顔を
夢で何度みたかしれません」

着物の裾を一層白くした指先で
掴む様子が目に入る。


「離婚を決意し、男に二度と娘に近づくことは
許さない。
もし、約束を違える事があれば全てを明らかにし
告発すると伝えました。

今度こそ私が娘を守ってやろうと思ったのです」


「……その矢先、あの事件が起きたんです。

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