エゴイスト・マージ
トラウマ

私は放課後、裄埜君の部活が
終わるのを待っていた。

「待たせてゴメン」

「ううん、大丈夫」

ユニホーム姿から制服に着替えてきた裄埜君は
息を切らして出てくると

「あ、教室にちょっと忘れ物あるから
取りに行ってきていいかな?
雨音はここで待ってて」

そういって、校舎に戻ろうとする。

皆が部活が終わって出ていく中
一人で此処で待つのもなんだか気が引けて
裄埜君についていく事にした。

「やっぱり此処に置いてたか、行こう」

今、私達以外に人はいない。
戸締りの先生が来るのは恐らく未だずっと後だ。

私は意を決して、教室を出ようとした
裄埜君を呼び止めた。


「裄埜君、ちょっと話があるの」

「……それって例の返事?」

「うん」

「そう。良い返事だといいけど」

口調こそ軽いけど、その表情は
珍しく固く見えた。

数日前、蔦さんのファイルの件で
化学室に行き、久し振りに先生を見て
話した時、やっぱり先生が好きだと
はっきり気が付いた。

また倒れたせいで前後があやふやに
なってしまってるけど、倒れるまでの
自分の気持ちは覚えている。

だから、このまま裄埜君の事
うやむやには出来ない。

「私、裄埜君とは付き合えない」

裄埜君はそう言うと思ったよと、呟いた後、

「何故?」

と改めて問いかけてきた。

「好きな人がいるの」

「三塚先生か」

「…………うん」

「バカ正直だね。俺の事、保険で
取っておけばいいのに」

「出来ないよ、そんな事」

「向こうは君のこと何とも
思ってないんじゃない?」

「分かってる。でも
どうしようもなく好きで」

途端、裄埜君の形相が変わった。

「三塚、三塚!!
あんなヤツのどこが良い!?」

腕を強く掴まれてものすごい声で
裄埜君が叫ぶ。

そのあまりの剣幕に驚いた。

「裄埜君?」

「アイツなんかに渡さない」

こんな裄埜君を見るのは初めてで
驚くと共に怖くなった。

「い……痛いっ」

掴まれた腕にさっきより力が込められて
痛みが増幅する。

怖くなって逃げようとしても
男子との力の差は歴然で
逆に床に押し倒された。

ガタ―――ン!!!


抵抗しようと掴んでいた椅子ごと衝撃と共に
音を立てて倒れてしまった。


「嫌!やめてっ、お願い」
 
無理やりキスをされて制服の上から
荒々らしく胸をまさぐられる。

「……助け……て」

怖い、怖い。

手を押し返そうとしても
私の力じゃとても無理で。

「無理やりってのは、嫌なんだけどね。
ゴメン、押さえが……ききそうに無い」


どんなに抵抗しても私は敵わなくて。


「俺のモノになってよ、雨音」

耳元で呟くその声が段々遠くに聞こえる。


「助けて…おか…ママ!ママっ!怖い」


「雨音?」


意識が……感情が……たゆたう。



虚ろな意識の中で
扉が開いたような気がした。

「間が悪いですね、三塚先生」


朦朧とした感覚での記憶。

近くにいる裄埜君の声だけが微かに聞こえる。


三……か?


「…………」

「へぇ。前は見逃してくれたのに
今回は違うんですね」


「…………」


「ソレ、本気で言ってるんですか?
嫌だと言ったら?」

「…………」




でも、そこにいるらしい先生の声は
殆ど聞こえなくって
なんて言ってるの?

ねぇ、


……先生……先生?



記憶してるのはそこまで。


ブラックアウトするかのように意識が途絶えた。










普段あんなにやさしかったのに、どうして?

『タスケテ……コワイ』


(ママ、待って)

(ママ……ママ……イカナイデ……)


出ない声、動かない体。

閉ざされた扉。

背後からの手が私の身体を絡めとり
闇へと引き摺り込む。

(……タス……ケ……)







目が覚めたとき、私は保健室で
周りには誰もいなかった。

状況を思い出して溜息を零す。


「あら、起きた?」


カーテンを開けて現れたのは
保険室医の瀬田先生。

「私、何時から此処に?」


「うーん。20分くらいかな、大丈夫?
貧血でよく倒れるみたいらしいわね。
好き嫌いとか無理なダイエットはダメよ」


(そういう事になってるんだ……)

誰が?

此処にどうやって?

怖くて聞けない。


チラッと時計に目をやる先生につられてみると
もう下校の時間をとうに過ぎていた。

「あ、すみません。もう大丈夫なんで帰ります。
遅くまで有難うございます」

私は急いでベットから降りると
先生に頭を下げた

「いえいえ。大丈夫よ、少し仕事もあったし
それに……ちょっと面白いもの見れたから」

「?」

よく聞こえなくて聞き返そうとすると、

「じゃぁ、そういうことで」


先生はニコニコ笑いながらも、
まるで私の質問を予期したかのように
遮られて体よく保健室を出されてしまった。

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