エゴイスト・マージ
先生の家
「メアド送れ、ここに」
不意に渡されたケータイに
半強制的に、自分のを登録させられる。
「……ってコレ」
「あ、先生ヨロシクお願いします~」
先生にケータイを返した直後、
数人の生徒がやってきた。
「ああ、来ましたね。
適当に座って、各自自習でいいですか?
分からないことは遠慮なく聞いて下さい」
「はーい」
見事なまでの完璧な先生モードへ変貌した
先生は私の事など、もう眼中にも入らない
様子。
先生はその生徒たちに、にこやかに返答しつつ
教室へ一緒に入っていってしまった。
若干、取り残された感のある私は
意味が分からず、その場に突っ立っていると、
「月島さんも入ろうよ」
知り合いの女の子に促されて
漸く入った教室。
既に他の生徒たちは思い思いの席に着き、
教科書や参考書を広げていた。
友達同士で話し合ったり、先生に質問に
いったりという様子から
次第に状況を理解してきた。
つまり、自分がここに来ている建前の目的
それが私だけではなくなった、
そういう事らしい。
事前に先生は何も言ってはくれなかった。
教える義理はないのかもしれないけど
言ってくれてもいいのに。
そんな事すら一介の生徒に
知らせることも無いってことなのかな。
一緒にいる機会が増えて
あまつさえ先生の秘密を
知ってしまった。
だからといって、
私の中で先生の存在が特別であっても
先生は何も変わっていないんだ?
何だか、そう改めて現実を知るとクるな。
(はぁ……)
さっきから出るのは溜息ばかり。
参考書を広げたままページを
捲る気力もない。
(もう、来るのやめようかな……)
突然ポケットの中で
振動したケータイを見付らないように
そっと取り出して、
私は思わず声を出しそうになった。
“今日、俺の家に来い”
何度も何度も見直したメールには
そういう文字列にしかやっぱり見えなくて。
心当たりは……
おずおずと頭を上げる。
だけど……
初めて見るアドレスの持ち主らしき人は今教壇で
分厚い本を捲ってる……いや、まさかね?
第一、全然ケータイを打ってる感じがしないし、
そもそも、先生が私を家に誘うとかあり得ない。
(バカだ、私。先生のわけないじゃん)
そう思いつつも、
私は先生を思わず凝視してしまいそうになる。
先生はそれに多分、気が付いているみたいだけど
決してこっちを見ようとはしない。
それどころか、眉間に皺が寄ったのがみえて
ハッとした。
“何見てんだ、バーカ”
と聞こえてきそうだ。
きっと二人だけだったらと
舌打ちされていた事だろう。
(……やっぱ、違う、よね?
単なる間違いメールかイタかも)
先生であって欲しいと思っている反面
現実的な可能性の低さに何度も自分で
否定してしまう。
その繰り返し。
相手が分からない以上、返事を返せない。
迷ってるうちに
再びバイブが機能した。
“流石に学校で乗せるの訳にいかねーから
神社あるだろ、あそこで待ってろ。
それと、馬鹿みたいに口が開いてるぞ、お前”
(間違いない……先生だ)
最後に酷いことを言われた気がするけど
一体、どうやって打ってるんだろう?
目線は確実に本にあるのに。
スゴイ……
いやいや
今、問題はそこじゃない。
“先生の家”
突然でたそのフレーズを頭の中で反芻する。
嬉しいけど俄かに緊張してきた。
て、行っていいのかな?
冗談じゃないよね?
何で突然??
あ~も~~分からない!!
だけど、
……やっぱり、嬉しい。
先生であって欲しいと思っていたくせに
いざそうなると、今度は
別の理由でどう返事していいのか
分からなくなってしまった。
それでも、
今、この教室の沢山いる生徒の中で
さっきまで沈んだ気持ちが
二人だけの秘密を共有してるようで、
幸せな心に変化していく。
私はポケットの中の機械が
急に温かみを帯びた感じがして
そっと握りしめた。