エゴイスト・マージ
事故
悪夢
その日は昼頃から雨で、夕方には止むと
言っていた天気予報は見事に外れ
帰宅時には更に雨足が強くなっていた。
駅までの距離が酷く長く感じるのは
先生の事、蔦さんの言葉、
自分の気持ちが、雨の憂鬱さと
重なって足取りが重い所為かもしれない。
コツン。
傘の先が何かにぶつかる音。
「あ、ごめんなさい」
咄嗟に謝り、顔を上げる。
誰かの傘にぶつかったようだった。
もう一度、その相手に、
「済みません、ボーっとして
前を見てませんでした」
と改めて謝罪した。
「その台詞、前にも聞いたかな」
そう傘をずらして笑った顔に驚いた。
「ゆ、裄埜君!?」
あれ以来、前みたいに接することが
少なくなっていたから
不意でのこの距離の近さに戸惑う。
「偶然だね、今帰り?遅いね」
でも、裄埜君の態度は相変わらず
穏やかで。
「……うん。前にも夕方会ったね。
朝は一度も会った事ないのに」
―――偶然。
裄埜君の肩は大きな傘に反比例して
かなり濡れているように思えたのは
私の考えすぎかもしれない。
「朝練あるからかな」
「……そっか」
話しながら自然と私達の足は
駅に向かって歩き出していた。
裄埜君といると楽。
―――余計な事なものを考えなくていいから。
裄埜君と話すのは楽しい。
―――拒否されることが無いから。
それでも裄埜君といて
考えてるのは先生の事だった。
私は先生に何を望んでるというの?
楽しい会話?
肯定してくれること?
どれもしっくりこない。
先生が楽しくなんて
……絶対、裏があるだろうし。
私の事全部肯定してくれるとか
……考えるだけ虚しくなってきた。
多分、根本的にそんな事は
大事じゃない。
いま先生が、前より近くなったのか
それとも変わらないのか正直分からない。
『俺にとって
お前の過去とかどうでもいい』
『元から何もない、そのまま忘れてろ』
あの言葉は何ものにも代え難かった。
どれだけ救われたかしれない。
私が一番欲しかった言葉をくれたのは
紛れもない先生だけだった。
先生が嘘を言ってるとは思わない。
何故ならそうする意味がないから。
え?
ちょっと……待って。
私はこれまでずっと後ろ向きに
先生の事を捉えていた気がする。
先生って正体を明かしてから
嘘を言ったことってあった?
無意識にいってるのか、
何かの意図があったかは分からない。
恐らくは全部本心、若しくは
近いモノとか……ないかな?
言い切れる自信は何一つないけど。
だとしたら?
あの蔦さんの
『救ったって。
もうアンタしかできひんことや』
その言葉が本当なら。
本当だとしたら……
私、頑張れるかもしれない。
ゲンキンだけど先生をまだ
私が変えようと思っててもいいよね?
諦めるの早いよね?
先生が本気で笑う時、
どんな顔をするんだろう?
どんなに想像しようとしても
出来ないのが凄く悔しい。
隣の裄埜君がその時どんな顔で
私は見ていたかなんて全く気づけずに
先生の事ばかり考えていた。