エゴイスト・マージ
「先生ね、施設に入った時誰とも
喋ったりしなかったんだって。
きっとそこには不安もあったんだろうけど、
それ以前に言葉知らなかったみたい。
それは、母親がまともに話掛けて
なかったからだろうって」
「だから?」
裄埜君は興味ないといわんばかりに言った。
「じゃ、先生いつもパン食べてるのは
知ってる?」
「……さぁ」
「他人が作った食事は食べられないのよ」
意味が分からないと
首を振るのを見て私は付け加えた。
「先生何度も母親に殺されかけてる。
だから食事自体もきっと――
以来、味覚自体が欠落してて
食べ物は空腹を満たす為だけのモノに
過ぎないってそう言ってた」
裄埜君の顔色が明らかに変わった。
「先生の過去知ってるなら尚更、
どんな扱いをされて先生が育ってきたか
知ってる、よね?
ずっと一人。
何を考えて過ごしていたんだろう。
想像するのが怖いの」
「…………」
「それでも先生、恨むほど幸せそう?」
「そ、それとこれとは」
「じゃあ、いい気味?」
「…………」
「ねぇ。お母さん好き?
お父さんだって嫌いじゃないよね?」
裄埜君返事はしなかったけど
否定もしなかった。
「それはどうして?」
「そんな事」
「“そんな事”理屈じゃないからでしょう?
私達にとって当たり前だから。
私も当然の様に思ってた。
……先生に出会うまでは」
裄埜君は視線を逸らすこともなく
ただ私の話を黙って聞いていた。
「人が羨むほど幸せだったとは思えない。
それは全部先生の母親の所為だと
思い込んでいた。
でも……違うんだね。
それが分かっただけでも良かった」
「今は女遊びしまくってて、
誰にかれもヘラヘラしてるように
見えるけど?」
「私も最初そう思ってた」
「過去形なんだ」
「私達が見てるのは表面だけ。
先生ね、感情が無いの。
好きとか嫌いとか引っ括めて全部。
とっかえひっかえなのは関心がない証拠
だからすぐに酷い言葉で別れてる」
「雨音、何か言われたのか?」
「ううん。私なんて相手にすらされてない」
「……の割にはよく知ってるね」
「半分は先生の友達から教えて貰ったの」
「じゃぁその半分は
アイツ自身から聞いたんだ?」
「そこまで知っててそばにいる?」
「変えたかった。私が。
おこがましいと思われても
あのまま先生に生きて欲しくなかった」
好きだから。
特別になりたかったから。
……全部自分のエゴの為。
「三塚に感情が無い?
俺にはそうは思えないよ。
今までだったら
本来なら傍に誰も置かない。
だけど君だけ許容してる。
……その理由は俺の口からは言いたくない」
「違うよ。私が勝手にいるだけ。
いつも出て行けって言われてる」
「それは今も?」
「…………」
「だろ」
「君と二人だけでいる時。
俺と話している君を見る時。
俺を見る目。そのどれもが明らかに
俺の意図する通りのモノだと悟った」
「違う、先生は私なんて」
私なんか先生とってどうでもいい人間で
裄埜君が思ってるような関係でもない。
自分で言ってヘコみそうだけど
それは紛れも無い事実で。
「分るんだ、分るんだよ。同じ男なら。
それとも……兄弟だからか」
敢えて選んだかのように”兄弟”と
その共通の目を伏せて自嘲気味に言い直した。