エゴイスト・マージ
「違うって、勘違いしてる」
「不思議だ。君は怖いくらい勘が良いのに
自分の事になると随分鈍感だね。
アイツは間違いなく
雨音を特別だと思ってるよ」
その言葉は心が
鈍く痛むことにしかならなかった。
「私は誰の特別にもなれてない」
涙が出そうなくらい苦しい
思いが込み上げてくる。
私の言葉に裄埜君は顔をゆっくり上げた。
「君は……」
裄埜君は私の顔を直視し、
やがて成る程と呟いた。
「なんか俺も分った気がする」
「何?」
「近づいたのは三塚への当て付け。
その言葉を訂正する気はない。
最初はそのつもりだったからね」
「…………」
「本当は利用するだけ利用したら
それでいいと思ってた。
なのに……
あの時、咄嗟に君を庇っていた。
君が落ちるくらいなら俺は死んでも
構わないとそう思って。
まさかこんな気持ちになってるなんて
自分自身思いもよらなかった。
いや……今にして思えば
こうなりそうな予感はあったのかもしれない。
君が笑う度、君と話す度に。
アイツの事を考えてるとか悩んでるのを
俺はイラつきながら見てた」
「全然そんな様子……」
「顔に出てなかった?
かなり押さえ込んでたからね。
自分でも何にイライラしてるのか
分からなかったから、尚更」
裄埜君の声と視線に引き込まれる。
「今は相手が、雨音で良かったと思える。
全て話したのは君だからだ。
君には手の内を全部曝け出してる。
最後のカードも切ってしまった
もう嘘を付く理由がない。
アイツ抜きでも手に入れたいと思ってる」
その目が言葉の重さを直で伝えていたから
目を逸らせなくって。
「君が好きだ」
「ゆ、裄埜君」
私は笑おうとしてたのに、
「今は本気だから」
その言葉で失敗した。
不意にあの情景と
必死に呼ぶお母さんの声が蘇る。
ぼやけた視界と混沌とした記憶の中
目を開けてしまった自分を呪った。
―ーだけど
過去ではなく未来を
死よりも生きることを教えてくれた、
お母さんの言葉。
『誰にも必要とされてない人間なんていない
もし今、周りに見当たらないとしたら
それは未来で会えるという暗示だから。
だから見つけるまで諦めてはいけない
その人に出会うまで人生を
自ら降りてはいけない。
その人もずっと貴方を探しているのだから
いなくなればその人は永遠と片割れを
求め彷徨い続ける事になるの。
そんな悲しみを誰にも与えては駄目なの。
今は意味なんて分からなくてもいいから、
雨音ちゃん、雨音……
お願い、お願い、希望を持って。
どうか、どうか生きて』
あの時、母が幼い私に何度も話してくれた
その時は何を意味し、何を言わんとするのか
分らなかった。
それでも何故か心に引っ掛かっていた言葉。
私はただ、病院の天井を
見つめたまま涙を流していた
遠くて忘れ難い、それでいて曖昧な記憶。
私達が出会ったのはきっと必然的で
互いの足りないピースを
かき集めるように引き寄せられた
のかもしれないと思うのは
出来過ぎかもしれないけど。
それぞれの悩みを抱きながら
私達はそれでも生きてきた。
傷を舐め合う為なんかじゃなく、
こうして出会う為に。
その人でなければいけない理由が
ちゃんとあるなら。
今―――
漸く自分が今こうして生きていて
二人に巡り合った意味を知った気がした。
「私は……私は……」
先生と同じ眼をした裄埜君。
裄埜君を突き放せない。