エゴイスト・マージ
二人の間で
「月島」
こんな人が行き交う中で、
「補習内容の件で話があるんですけど
時間ありますか?」
声を掛けられたのは初めてで、
「この前分からないと言って所、
理解できました?」
どう返事して良いのか
分からなかった。
「月島?」
「お前さ、いつも大概ボーッとしてるな。
少しは頭使わないとすぐにボケるぜ?」
白衣の姿で腕組みをしたまま
相変わらずの暴言。
「……話って何ですか?」
「別にねーよ、ホラ」
手渡されたのは、あの日先生の所に
忘れていった教科書。
「試験、近いのに随分余裕だな」
教科書忘れていったのは分かってたけど
取りに行ける程、私の心は強くない。
今だって先生の顔をまともに
見ることもできないくらい動揺してる。
「……スミマセン、ありがとうご……!」
受け取ろうとした教科書ごと
その手首を掴まれ、驚いた拍子に
顔を上げてしまった。
「月島」
「せん、せい?」
抱き寄せられて身体が固まる。
耳元に息が掛かり、続く言葉は―――
「カレシ、事故にあったんだって?
災難だったな」
「…………」
あまりに軽い口調で言う言葉に、思わず
先生の実の弟なのに、と言いそうになった。
言えなかったのは、私がソレを
口にしてはいけない気がしたから。
裄埜君も言わなかった言葉、
しかも以前、先生は真実を知ることを
拒否したと言っていた。
迂闊に言えない。
本当は……もしかしたらだけど、
裄埜君が話したのは
遠回しに私の口から伝えて欲しいという
意味だったのかもしれない。
でも……でも、
そうだとしても、私には
今、先生を前にして言うとか
やっぱり無理だ。
「何?そんなに黙るほど奴が心配か?」
先生は私が悩んでることが裄埜君の
事を考えてると捉えているらしかった。
「心配です、当たり前じゃないですか。
大事な友達なんですから。
先生だって心配くらいするでしょう?」
「俺が?何で心配?」
心底驚いた顔を見せる先生に
胸がざわつく。
言えたら良いのに。
裄埜君は先生の実の弟なんです、
それでもですか?と。
「せ、生徒じゃないですか!」
「ああ、そう言えばそうだったな。
常々そういう概念が無いから忘れてた。
あー心配心配。これで良いか?」
馬鹿らしいと言わんばかりに
私を見下してそれだけ言うと
用事は済んだから教室に戻れと口にした。
「先生は」
「は?」
「先生は人の事なんてどうでも良いの?」
裄埜君も私も……母親も誰も彼も。
「いや」
「え?」
意外な返事に驚いた。
「自分すらどうでも良い。
何故、生まれてきたのか。
何故、今だに存在してるのか。
……昔はそんな下らない事を
考えてる時があった。
いずれ死ぬ、誰もがな。
死ぬ為に生きてる単にそれだけなのに」
「死ぬとか簡単に言わないで下さい」
つい先日の事故で裄埜君が
死ぬかとの恐怖を味わった私には
“死”が生々しく感じる。
しかも先生が言うとまるで冗談に聞こえない。
ちょっと待って
……今。
初めて先生が本心の一部を
垣間見せた気がする。
……初めて。
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※感想有難うございます。