12年目の恋物語
お母さんが出て行った後、広瀬は無言で、固い表情を崩そうとしなかった。
相当、イライラしてるな。
広瀬の険しい顔を見て、そう思っていると、
「くそーーーーー!!」
広瀬が突然、うめきながら、頭をガシガシ、両手でかきむしりだした。
「おい、広瀬!?」
オレの呼びかけには答えず、今度は、バンッとテーブルに手をついて、勢いよく立ち上がる。
「ちょっと、叶太くん! こぼれちゃうじゃない!」
と、寺本は、ティーカップの受け皿に溢れた紅茶の方を気にしている。
……気にするの、そっちか?
広瀬は答えず、そのまま、広い部屋の奥、窓のところへとズカズカ歩いて行ってしまった。
窓の外を見る背中が、怒っている気がした。
何に怒ってる?
たぶん、自分自身に。
小声で、
「もしかして、牧村んち?」
と言って、広瀬の背を指さし、寺本を見るが、寺本も首を傾げた。
オレたちは顔を見合わせて、同時に立ち上がると、広瀬の元に向かった。
広瀬の肩越しに、外を見ると、確かに、さっきの純和風の屋敷が見えた。
二階から見ると、広さが際立つ。
錦鯉が泳いでそうなでかい池。
築山の向こうには茶室。
離れもらしき建物。
燈籠に、ししおどし。
絶対に植木屋さんが手入れしてるだろって感じの、枝振りの良い松の木。
完全な、日本庭園。
外からも見えた蔵は3つ。
……広すぎだろっ!
だけど、その立派さ加減への驚きが冷めて、冷静に広瀬を見ると、広瀬が見ているのは、別の家だった。
純和風の屋敷の裏に立つ、これまた立派な白い石造りの洋館。
一本裏の道に面したその家を、広瀬は、微動だにせず、凝視していた。