12年目の恋物語
「ハル、……ハル」
名を呼ぶ声に、急激に意識が覚醒する。
あ。……夢。
涙が頬を伝い、枕をぬらしていた。
ボーッと目を開けると、保健室のベッドを囲むカーテンが見えた。
うかつにも教室で泣いてしまい、体調が悪いわけでもないのに、保健室に連れてこられた。
わたしが保健室の住人になるのは、しょっちゅうで、だから、先生も疑いもせず、ベッドに寝かせてくれた。
すぐに授業に戻ろうと思っていたのに、気がついたら、眠っていたらしい。
「ごめん、起こして。なんか、ハル、泣いてたから、悪い夢でも見てるのかと思って」
カナの手が見えた。
大きな、男の子らしい、ゴツゴツした手。
見慣れたカナの手。
カナはハンカチで、そっと、わたしの涙を拭う。
「……カナ」
「ん? どうした? 大丈夫?」
カナだったんだね。
あの時の男の子。
田尻さんに話を聞いても、実のところ、ピンと来てなかった。
今になって、ようやく、カナの気持ちが、理解できた気がする。
「ハル?」
責任を感じてるんだ、カナは。
自分のせいで、わたしが死にかけたって。
でも、違う。
カナのせいじゃない。
だって、わたし、知っていたもの。
走っちゃダメだって。
大変なことになるって。
4歳の子に、心臓病がどんなものかなんて、解るはずがない。
当事者のわたしだって、あの頃は、まだよく分かってなかった。
カナは、一緒に走ろうって、ゴールテープを持って、わたしを誘っただけ。
ただ、それだけ。