教壇と愛の狭間で~誰も知らない物語~
ふと、気づくと夕闇が迫る時間になっていた。


夕日が空を鮮やかなオレンジ色に染め上げている。


もうこんな時間か。


…帰りたくない。


そう言うだけなのにどうしてこんなに緊張するの?


「帰るか。親御さん、心配しているだろう」


先生はあたしに背を向けて言った。


それを聞いてあたしは急に寂しさに襲われた。


どうしてそうあっさり帰そうとするの?


あたしはこんなにも寂しいというのに。


「先生、あたしまだ帰りたくありません」


静かに振り向いた先生の顔はどこか切なげに見えた。


「わがまま言うなよ。親を心配させるようじゃダメだろ」


「わがままじゃないですよ。願望です」


あたしはいつか先生に言ったセリフを言った。


怒られると思ったが、予想は外れた。


先生は思いもよらないことを言ったのだ。


「俺だって本当は帰したくねぇよ」


「え?」


「だって本当はずっとこのままいられたらって思っている」


「先生、嬉しいです。大好きです」


嬉しかった。


こんなにもあたしを想ってくれる人が先生であることが。


あたし達は沈みゆく夕日をしばらく眺めていた。


「行くか」


しばらくして先生は言った。


その言葉がどんな意味を含んでいるのか。


あたしはもうわかっていた。


「はい」


ゆっくりうなずいて先生の隣で歩き出す。


甘く美しいきらめきを帯びた夜が始まろうとしていた。
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