教壇と愛の狭間で~誰も知らない物語~
遠くから日本史の先生の声が聞こえる。


藤原道長をはじめとする藤原氏の栄華について話しているようだが、あたしの耳にはそれよりも先ほどの森田先生の声の方が焼き付いていた。


「行きなさい!」


先生があたしにあんな言葉遣いしたの、初めてだった。


あんな風に言われると、なんだか急に距離が空いてしまったような気がしてしまう。


あたしなんて必要ないのかな。


じゃあ、この先生と過ごした3週間は何だったの?


幻覚?


いや、そんなわけない。


これは夢でも幻でもない。


現実だ。


すべてが鮮明に記憶に残っている。


先生を初めて目の前にした時のあの胸の奥の鼓動。


聞くだけで頭がクラクラしてきそうな先生の美しい声。


授業中に思わず見ていた先生の水晶のような瞳や大人の手。


先生からふわりと漂うブルガリの香り。


初めて先生と甘美な一夜を過ごした時の喜び。


並べていけば際限がない。


たった3週間かもしれないけど、あたしにとってはとても濃く、そして尊い時間。


夢や幻なんかで終わらせることなんて出来ない。


現に今、目に映るのはノートの端に書いた先生の落書き。


その絵ではあたしと先生は幸せそうに笑っている。


まるでこんな悩みなんてないみたいに…。
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