教壇と愛の狭間で~誰も知らない物語~
「失礼します」


ドアを開けると悲哀に満ちた森田先生の顔。


「…おう、どうした」


少しの沈黙の後、先生の口からやっと出たのがこのセリフ。


心なしか、声が震えている気がする。


「どうした、ってそれはこっちのセリフですよ。先生、ずっと元気ないからみんな心配していますよ」


「心配してくれるのはお前だけでいい」


「えっ?」


「お前だけで十分だ」


そう言って先生はまるで大切なものを扱うかのように、優しくあたしを抱き寄せる。


ふわりと、やはりブルガリの香りがあたしを包み込む。


あたしも反射的に先生の広い背中に手をまわす。


先生の髪からはワックスの甘く優しい香り。


ブルガリの香りとケンカしない程度に匂う。


それが彼の魅力を一層引き立てている。


ドキドキしながらも、あたしはなんとか普通の表情を保っていた。


そうでもしないと顔がほころんでしまう。


しばらく先生の香りに酔いしれた後、あたしはまた聞いた。


「先生、教えて下さいよ。どうして先生は元気がないんですか?」


「青葉」


「?」


「ごめんな」


今にも泣きそうな先生の顔。


「先生、それは一体どういうことですか?」


「俺はお前と付き合うことはもう出来ない」
< 128 / 174 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop