教壇と愛の狭間で~誰も知らない物語~
「…もう時間だな」


しばらくして先生は言った。


先生のシルバーのアルマーニの腕時計をこっそり盗み見ると、もうすぐ掃除が終わる頃だった。


胸の底からあふれ出す悲しみをこらえてあたしは言う。


「お別れですね」


「水香」


別れを嘆き、ベンツの前で惜別の抱擁をするスーツ姿の教育実習生と制服姿の女子高生。


端から見ると、なんだか滑稽に思えるかもしれない。


だけどこれはあたし達の不純ながらも真剣な恋愛のクライマックス。


もうエンディングが流れる時は近い。


「水香、今までありがとな」


「あたしこそ」


「じゃあ」


先生はベンツに乗り込む。


行かないで。


そう言いたかった。


ベンツの窓が開き、先生が顔を出す。


「俺のこと、忘れるなよ」


「忘れるわけないじゃないですか」


「じゃあ…またな」


「はい」


ベンツが視界から消えるまでずっと見つめていた。


さよならは言わない。


だってきっとまためぐり逢える。


そう信じているから。


おめでたい奴だと言われても構わない。


それが先生とあたしだから。


あたしは込みあげる涙をこらえて教室に戻った。


教壇と愛の狭間で揺れた恋。


そんなあたし達の物語は誰にも知られることもなく今、終止符を打った。


次に会った時は新たな物語が始まる。


先生じゃないけど、今度はまわりに祝福される関係になりたいな。


そんな気持ちは鍵をかけて心の奥にしまっておこう。


先生が去った後、季節はまるで疾風のようにめまぐるしく過ぎていき、翌々年の3月、あたしは無事に桜華風女子高を卒業した。


そして4月になった…。
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