教壇と愛の狭間で~誰も知らない物語~
そんなあたしに転機のようなものが訪れたのは、3日後のことだった。


土曜日。


あたしは焦っていた。


「なんとかして明日中には会社を決めないと…」


しかし、そうは言っても「これだ!」という会社がない。


この3日間、インターネットを駆使しても見つからなかった。


「あーあ」


なんだか面倒くさくなってベッドに転がる。


目を閉じると、待っていましたとばかりに睡魔が襲ってきた。


だんだんと意識が遠のいていく。


まるで幻の世界にいるかのようだ。


だから、玄関から聞こえてくる話し声も夢だと思っていた。


「あら、お久しぶりね!え?あぁ、いるけど。ちょっと呼んでみるわね。水香ー、お客様よ」


母の呼ぶ声がした時、あたしははっとした。


「はーい…」


寝ぼけた頭のまま螺旋階段を降りる。


「10ヶ月ぶりっていったところかな?」


お客様があたしの姿を見て言う。


「あ…」


あたしの眠気はすぐに吹き飛んだ。


「久しぶりだね、水香ちゃん」


「翔君…」


そこには天使のような優しい微笑みを携えた翔君が立っていた。


逆光のせいもあり、その微笑みが更にまぶしく見える。


「翔君、とりあえず上がって」


母が彼を促す。


「お邪魔します」


ペコリと170センチ後半はあるだろう長身を折り曲げ、翔君は革靴を脱いだ。


彼は最後に会った時と同じくスーツ姿だ。


そして先生より少し華奢で繊細さを思わせるその肩には、まるで冷蔵庫の上段を切り取ったかのような大きさの直方体の黒いカバン。


一体どうしたんだろう。
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