教壇と愛の狭間で~誰も知らない物語~
先生の車の中は居心地がいい。


高級車なのだろうか。


「先生」


「なんだい?」


「先生の家って遠いんですか?」


「まぁな。車で20分だしな」


「へぇ」


「お前の家は?」


「行く時はチャリで15分、バスで40分、歩いて10分。帰りはその逆です」


「およそ1時間か。そりゃ大変だな」


「慣れればこれが当たり前になってくるんですよ」


「へぇ。そうだ。クラシックでも聴くか?」


「何の曲ですか?」


「シューベルトの『アヴェ・マリア』と、ショパンの『夜想曲第2番』が個人的に好きなんだけど」


「いいですね」


スピーカーがアヴェ・マリアを奏でる。


するとどういうわけか、あたしの頭の中で結婚式の妄想がスタートしてしまった。


少し遠くに黒のタキシードを着た先生がいる。


あたしは父さんと一緒にバージンロードを歩いている。


もちろん着ているのはウェディングドレス。


そして先生とあたしが並ぶ。


で、神父さんが「新郎、森田湊典。あなたは生涯、森田水香を愛することを誓いますか?」って言って。


先生はあの澄んだ声で「誓います」って言う…。


「キャー!」


「どうした!?」


いきなり甲高い声を上げたので先生がかなり驚いた顔をした。


しかし、さすがに真実は言えるはずがなく、黙っていた。


そりゃ、車を運転している最中に助手席の人間がいきなり「キャー!」なんて叫んだら誰だって驚くだろうけど。


その後、先生にしつこく理由を聞かれたが、隠し通しておいた。
< 42 / 174 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop