教壇と愛の狭間で~誰も知らない物語~
あたしは空虚な心を抱えたまま、ふらふらと教室に戻った。


「水香、大丈夫?」


凛が駆け寄ってくる。


「うん」


「本当に?目が虚ろだよ?」


それはなぜなのか自分でもよくわからない。


心のどこかで森田先生を求めているのだろうか。


「そういえばさ、水香、陸、聞いてよ。昨日、弟がケンカ吹っ掛けてきたから反撃しようとしたら、あいつ先制攻撃してきたのよ」


先制。


センセイ。


せんせい。


「先生…」


「水香?」


なぜなの?


先制という単語を聞いただけで先生を思い出してしまう。


会いたい。


声が聞きたい。


抱きしめられたい。


昨日、先生にひどいことをしたのに先生の、心を痛めた顔を考えるだけで胸が苦しい。


泣きたくなる。


「水香、どうしたの?まだ具合悪い?」


「…トイレ行ってくるね」


陸の言葉に、返事になっていない返事をしてトイレに行く。


トイレに行って鏡を見ると、一筋の涙をこぼしてどこか疲れたような顔をしている少女がそこにいた。


それを自分だと信じたくなくて鏡に水をかけると、鏡に映る顔は見る間にゆがんだ。


そうすると心は余計にむなしくなった。


先生のいる教育実習生の控え室に何のためらいもなく行けたらいいのに。


「先生…」


会いたいよ。
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