誘惑男子①~アブノーマルに抱きしめて~
南の島へ
そして、敬は行ってしまった。
オフィスは以前と変わらないように、桐谷敬などはじめからいなかったように、平穏で退屈な日常を取り戻した。
いつものように社食の窓際のテーブル席から、ランチに繰り出すサラリーマンやOLを見下ろしながら、理香と手作り弁当を広げる。
今日のメインは昨夜の内に作り置きした筑前煮、それからホウレン草のゴマ和え、もちろん理香の好物の玉子焼きも…
まったりとした、かけがえのないひととき…が、理香の思いがけない一言で破られた。
「ねぇ、彩。お弁当、もう今日で終わりにしよう」
「えっ?」
「あんたさぁ、毎日あたしに弁当作ってる場合じゃないでしょ」
「…あっ、昨日より美味しくなってる」
理香の言いたいことはわかっているから、軽く受け流す。
「桐谷とのこと、このまま何もなかったことにするつもり?それでいいの?ほんとにいいの?」
いつもはテキトーな理香が執拗に食い下がる。
「…はぁっ」
彩はわざとらしくため息をつくと、憮然とした表情で箸を置いた。