誘惑男子①~アブノーマルに抱きしめて~
「や、やめて下さいっ!」
間一髪のところで正気を取り戻し、敬の腕を振り払った。
「どうして?」
「ど、どうしてって……こ、ここは会社です。社会人なら立場と場所をわきまえて下さい」
何とか大人を取り繕う。
「なるほど。じゃ、続きは場所を改めて…」
「いや、そういうことじゃなくて…」
彩が慌てて振り向くと、敬はクツクツと喉元で笑いを噛み殺している。
もしかして、からかった…だけ?!
頭にカーッと血が昇る。
「あたしをからかって、そんなに楽しいっ?!」
彩が布巾をシンクに叩きつけ、敬に食ってかかったとき、
「お取り込み中すいませんねぇ…」と、腰をかがめながら、ゴミ袋とモップを手にしたお掃除のオバサンが二人の間に割り込んできた。
「じゃ、若松さん。この件の続きは、また追って連絡しますから…」
はぁっ?
あっという間に仕事モードに豹変した敬は、呆然とその場にたたずむ彩を残し、足早に給湯室を出て行った。