笑わない女と俺
プロローグ
彼女にとって唯一残っている楽しい記憶は、白い砂浜とマリンブルーの海、そして母、父の笑顔だ。

最初で最後になった沖縄旅行。

少女はただこの旅行を楽しみにしていた。

「おかあさん、きれいだね。おとうさんもこっち、こっち!」

波に戯れる家族の光景は、家族の絆そのもので、それは家族の理想そのものだった。

そして、この旅行は彼女の名前の由来を知った旅行でもあった。

「おかあさん、どうしてエミはエミっていうの?」

「それはね、笑美にはいつも笑っていて欲しいから。笑う門には福が来るってことわざがあってね、笑う人には幸せが来るの。だからいつも綺麗に笑っていてもらいたいってお父さんとこの名前を考えたの…。だから、笑美はいつも笑っていてね」

「わかった。わたしおかあさんとやくそくする。いつもわらってる。おかあさんゆびきり!」

人差し指を差し出す少女。

母はその指に自分の指を絡める。

「じゃあ笑美!、お母さんとの約束だからね!」

「うん!!」

「うそついたらはりせんぼんのーます!ゆびきった!」

切られた指。

少女はこの約束を自分が破ることなど微塵も考えていなかった。
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