笑わない女と俺
岩永の誘い、それは純粋に嬉しかった。

でも。

「ごめん、実はさ、午後は先約があってさ…」

「そっか…、それなら仕方ないけど…」

本当は先約など無かった。

ただ、単にカトケンから頼まれた山月の様子を見ていてくれっていう頼まれ事があるだけで、それ自体は別にそれ程大事な約束でもなんでもなかったんだ。
それでも、この誘いを断ったのは、俺の中にほんの少しかもしれないけどあいつを心配する気持ちがある証拠だった。

「最近の武文君、こんな事言うのもなんだけど、ちょっと変…。いつも何か考えてるみたいで…。私で良かったら話してくれないかな?…」

「俺、そんな風に見える?。別に考えてる事なんてないし、岩永を心配させるような話も今はないよ…」

「本当?…」

岩永の瞳はすごく心配そうな、心の奥から心配してくれている瞳だった。

「ああ、本当だよ…」

だから、安心させるために笑顔でそう答えた。

それが、今の自分の心に、ほんの少し嘘をつくような答えだとしても、目の前のこの子に心配を掛けたくないと思った。
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