上野さんと渋谷くん
「お疲れ様です、第一営業部渋谷です!」
電話の向こうの笑顔が容易く想像出来る声で、渋谷くんが名乗る。
「…お疲れ様です、上野です。契約書の件ですか?」
ややこしくはないけど、別の意味で疲れる電話になりそうで、力が抜けた。
あたしの様子を視界に入れた市ヶ谷さんの肩が、また震えたのに気が付いたけど、もう睨む気力もない。
「あ、はい。あの新サービスの契約書の場合の必要書類について確認したくて…」
こちらのやり取りを知らない渋谷くんは、冒頭の声から仕事モードに切り替えて、淡々と話し始める。
そうして、しばらく必要書類や記入、捺印の際の注意事項に関する質問や、それに対する回答をやりとりしていると、渋谷くんが息をついた。
「うーん、さすがにややこしいですね」
「そうですね。旧サービス解除申込書とか同意書とか、ちょっといつもより書類が多いですけど、提出もれと捺印もれさえ気を付けて頂ければ」
「わかりました。ありがとうございます!」
「いえ…」
「ところで上野さん、今日もお昼っていつものところですか?」
は?
仕事モードのままだった頭が切り替わる前だったので、一瞬話題転換についていけない。
そして、彼はその隙を見逃さなかった。