プリズム
札幌にいる絵理香の母は一人暮らしをしていた。
絵理香の父親は絵理香が二十歳の時、亡くなってしまった。

「絵理香は札幌に住んでいたことあるの?」

飛行機の中で翔が隣席の絵理香に尋ねた。

「ないよ。お母さんはお父さんの転勤で一緒に札幌に来たんだけど、札幌が気に入ってずっと住んでるんだ。」

「絵理香はどうしてたの?」

「私は美容師の専門学校行ってたし、横浜の家に一人で残ったの。札幌には友達どころか誰も知ってる人すらいないから、一人暮しのがいいよ。」

礼央は、初めての飛行機を大層喜び、礼央の席は窓際だよ、と絵理香がいうと、やったあ!と叫んだ。


初夏の札幌の街は青空が高く、爽やかで気持ちがよかった。

翔は、大学生の時、道東を友人たちとツーリングしたのだが、札幌は初めてと言っていた。

札幌に着いた絵理香たちは、早速郊外にあるマンションに住む絵理香の母を訪ねた。

絵理香も翔も母に会うのは、二人の結婚式以来だ。
電話ではよく話すが、相変わらず元気そうな母の姿に絵理香は安心した。

「お母さん、お久しぶりです。」
翔がにこやかに挨拶した。

アメリカかぶれなところがある翔は右手をスッと差し伸べ、母に握手を求める。
母は一瞬戸惑っていたが嬉しそうに応えた。

「翔くんも元気ね…まあ」

母は、翔の後ろに隠れていた礼央を見つけると、相好を崩し、礼央の前にしゃがみ込んで言った。

「あなたが礼央くんか。私は札幌のおば
あちゃんだよ!」

突然、知らないおばさんに頭を撫でられた礼央は、ちょっと困ったような照れ笑いを浮かべていた。

家に上がると、母は礼央を仏壇に誘った。
絵理香の父が写真の中で微笑んでいる。

「誰これ?」

礼央が遺影を指差し、絵理香の母に尋ねた。

「札幌の爺ちゃんだよ。チーンしてね。」

正座をした礼央が言われるまま、鈴を鳴らし、絵理香の母の真似をして小さな手を合わせる。
絵理香も翔も手を合わせる。
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