プリズム
絵理香の父が亡くなったのは、絵理香が美容師の卵の時だった。

出勤前の朝、朝ご飯を食べようとした父は突然頭が痛いと言い出し、倒れてしまったのだと、母は言っていた。

死因は脳溢血だった。

ICUに入った父は、絵理香の到着を待ってくれなかった。
絵理香は空席のキャンセル待ちをしていた羽田空港で父の訃報をきいた。

「おじいちゃん、生きてたら、礼央くんと遊べたのにね…」

母は礼央の頭をそっと撫でた。

無口な父だったが、思いやりのある人だった。

父が亡くなってから、最愛の夫と出会った。父がどこかで翔と引き合わせてくれた気がするのだ。

絵理香は久しぶりに父に話しかけた。

「翔と礼央とお腹の赤ちゃんを守って下さいね。」
今、絵理香が父にお願いするのは、自分以外の家族のことだ。


母との楽しいひと時を過ごし、絵理香がとても楽しみにしている小樽へ出発した。

「お腹、大丈夫?」運転中、翔は何度も助手席に座る絵理香に聞いた。

「うん、大丈夫。」
絵理香は笑顔で答える。
翔の優しい気遣いが嬉しかった。

後部座席でジュニアシートに座る礼央も北海道の緑溢れる風景が気に入り、窓の外を飽きずに眺めていた。


翔も絵理香も小樽は初めてだ。

小樽で作られるガラス細工は雪の結晶のように繊細で儚げだ。
絵理香は食器集めが好きなので、ワイングラスを買おうと思っていた。

レンタカーを降り、小樽運河を散策する。
煉瓦作りの重厚な倉庫群とレトロな街灯が建ち並び、そのすぐそばを運河が流れている。

行き交う人々は皆観光客だろう。

人からみれば、私達は完璧な親子だろうなと絵理香は思った。
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