プリズム
絵理香は美容師だ。

絵理香の勤めるカットハウスは駅に近いショッピングアーケードの中にある。

翔と結婚してからはパート勤務にしてもらった。

翔と知り合ったのも、彼が客として来店したのがきっかけだった。

店の前の通路はオフィス街に抜ける近道で、翔はスーツを着た飛び込み客だった。

『これから得意先に行くんだけど、上司に髪が長すぎるから切って来いと言われちゃって。』

若くて、細身の翔のスーツ姿はかっこよかった。

『適当にすっきりさせてくれる?』
翔はそんな風にオーダーした。

担当した絵理香が
『じゃあ、うんと短く切りましょうか?』
といって翔を笑わせた。

手早くカットを終えると、
『ありがとう、早くやってくれて助かるよ。』

人懐こい笑顔で言い、店を出た翔はなんとミラーの前に自分の携帯を忘れているではないか。

咄嗟に絵理香は携帯を掴み、外へ飛び出した。

背の高い彼はすぐ見付かり、絵理香は追いかけたが、翔は歩くのがとても速くてなかなか追いつけない。

『待って!携帯、忘れてますよ!』

大きな声で呼んだが、喧噪で聞こえないようだ。

信号待ちでやっと捕まえた時には、カットハウスからずいぶん離れてしまっていた。

翔は、この時の事を結婚したあとも、面白おかしく言う。

「エプロン付けたチリチリのロングヘアの女の子がゼーゼーいいながら、いきなり腕を掴んで来たんだぜ。俺、痴漢かなんかに間違われたのかって一瞬パニクったよ。」
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