プリズム
「今日は礼央と車で江ノ島水族館に行ってきたんだ。」

「そうなんだ。」

「それで、約束の時間に礼央を向こうのアパートの前まで送って車に乗ろうとしたら、知らない女の人に話しかけられたんだよ。礼央くんのお父さんですか?って。礼央と同じ幼稚園の子のお母さんだって。」

翔がため息をついた。

「その人がいうには、礼央、最近よく暗くなるまで一人で近くの公園にいるんだって。礼央くん、帰る時間だよっていったら、ママがまだ帰ってきちゃダメだっていうからここで待ってるって言うんだって。」

「なんてこと。」
絵理香は顔をしかめた。

「幼稚園でもお弁当持ってこない時もあるんだって。幼稚園でも問題になってて、園長があいつに連絡したんだけど、後でお金払うから、コンビニで何か買ってやって下さい、とか言って開き直ってるらしい。あと、たまに一人で登園したりとか…礼央のこと、児童相談所っていうの?そこに通報した方がいいって人もいるんだって。ネグレクトじゃないかって。」

ネグレクト。

その意味は子供がいない絵理香にも分かる。

「その人に礼央くんが心配なら何とかして上げてくださいって言われたよ。」

翔はテーブルの上で腕を組み、俯いた。

翔の話が終わっても、絵理香と翔の間には微妙な空気が流れ、テーブルに並んだ料理には箸をつけられなかった。



そうはいっても、家裁の調停で親権は前妻が持つことに決まったのだから、今すぐ礼央を連れ帰ることは出来ない。


朝、絵理香が食事の支度をしてると、珍しく早く起きてきた翔は言った。


「…絵理香、やっぱり礼央、ひきとりたい。」
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