プリズム
昨晩、翔がなかなか寝付けず、寝返りばかり打っていたのは、同じベッドで寝ている絵理香にも分かっていた。

絵理香自身も一晩中眠れず、ベッドの中でずっと考えていて朝になった。

耳を覆いたくなるような子供への残酷な仕打ちのニュースは絵理香の一番嫌いなものだ。
それが身近に起こってしまうかもしれない。
それが翔の子供だったら…。

うちで引き取らなければ、このままいけば悪いことが、取り返しがつかないようなことが起きてしまうかもしれない。


絵理香は、決めた。


「分かった。礼央くん、うちで育てよう。」

そう告げると、翔は子供のように
「やったあ!」と両手を振りあげて喜んだ。

「絵理香、一生絶対愛してる!」

翔は絵理香に抱きつき、抱え上げた。

突然、身体が宙に浮き、絵理香は「キャッ」と声をあげる。
時々、翔はこういうことをする。

一瞬驚くが、絵理香は笑ってしまう。


「大丈夫。きっと、絵理香なら上手く行く。絶対、大丈夫!」

絵理香の両腕を掴み、翔は目を輝かせて言った。



翔が家裁で親権変更の申し立てを申請すると、すぐに認められ、礼央は翔と絵理香の子供として一緒に暮らすことになった。




玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けると翔が笑顔で立っていた。

翔の後ろに礼央は隠れていた。初めて見る礼央だ。

サイドを刈り上げた短髪に、変身ヒーローのトレーナーを着て、小さなリュックを背負っている。

「ほら。挨拶。」
翔に促されて、礼央は

「こんにちは。初めまして。」
と棒読みに絵理香に挨拶をする。
黒目がちな目をパチパチさせて、見上げるように絵理香を見詰める。

「こんにちは。よろしくね。」
精一杯の笑顔を作り、絵理香も挨拶をした。

礼央は、面差しが翔によく似ていた。

礼央が父親似であったことが絵理香を安堵させた。

礼央の第一印象は良かったが、これからずっと礼央はここで暮らすのだ。

少なくても十三年は。いや、多分、もっとだ。
< 8 / 23 >

この作品をシェア

pagetop