出会う前のキミに逢いたくて
<シンジ>ある年の秋

いたい夜

いっそのこと、明日なんて来なきゃいい。

オレはそんな投げやりな気分で日曜の夜をやりすごしていた。

部屋の隅に体育座りをして、何度もグラスを口に運び、空になったらボトルからつぎ足す。
そんな繰り返し。
そのせいでさっきから、胃がキリキリと激しく悲鳴をあげている。

それでも容赦なく安い酒を流し込まずにはいられなかった。
明らかに矛盾した行為である。
身体から送られてくるSOSを完全に無視してるわけだから…。

自暴自棄になってるのにはもちろん、深い理由があった。
オレにとっては、マリアナ海溝なんかよりもはるかに深くて、全世界が抱えてるあらゆる問題よりも深刻だったりする。

それでも、遊び人の兄ちゃんや、お金のためと割り切って神経を切り売りしてる玄人のお姉さんが聞いたら「そんなちっぽけなことで落ち込んでるわけ? アンタ、バカじゃん」と呆れるんだろうけど・・・。

天と地がひっくり返るようなショッキングな事実を知ったのはほんの数時間前。

マヤのアパートで留守番していたとき。

時刻は午後6時過ぎ。

隣室から、「ちびまる子ちゃん」の歌が漏れてたから。

マヤは夕食の食材を探しに買い物へ出かけていた。

両親が共働きだったため、子どものころから料理をしていたらしい。
彼女の手料理は弟たちにも人気だったという。

で、オレはというと、マヤの部屋に寝転がり、珍しくクラシックを鑑賞していた。
のん気にCDをかけながら彼女の帰宅を待っていた。

世の中には、毎日だとカンベンだけど、「たまに来るならいいね」、「たまに食べるならいいね」と感じる「たまに○○するならいいものたち」というジャンルがあるように思う。
オレの場合、それがクラシックというわけで。
自分の体質には合わないと思い込んでいたけど、いやいやいや。
たまには優雅な旋律に耳を傾けるのも悪くないなと感じた。

特に気に入ったのはショパン。
なんか、いいんだよなぁ。
心が洗われるとはこのことだと思う。

「さて、他にも自分好みのクラシックはないだろうか…」
よっこらしょと身体を起こし、ステレオコンポの脇に積まれたCDの山の頂に手をかけたとき。

・・・

その裏山に淡いピンク色をした日記帳を見つけたのだった。
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