出会う前のキミに逢いたくて
マスターがすすぎ終えたばかりのカップの水をきりながら振り返った。

わたしはお盆を持ち、お冷をのせてテーブルに向かった。

常連さんだった。

近所に住む上品な装いのマダム。

「いつものお願いね」といってウインクすると、読みかけの文庫本を広げた。

「かしこまりました。温かいカモミールティですね」

おしとやかなマダムの笑顔を見ても、心が晴れることはなかった。

ふと高校時代のクラスメートの顔が浮かんだ。

ショートヘアの似合うテニス部の女の子で、清涼飲料水のCMから飛び出したような可愛さだった。

試合のたびに他校からカメラ小僧が押し寄せるほどの人気者だ。

だが、彼女から次第に笑顔が消えていった。

原因はストーカーだった。

一度恐怖を味わうと、四六時中、付きまとわれてる錯覚に陥るらしい。結局彼女はお父さんが単身赴任する地方都市に引っ越していった。彼女とはそれっきりだ。

ストーカーが私たちの関係や彼女の人生を狂わしたのだ。

許せないと強く思う一方で、自分の身に降りかかると怖くてたまらなかった。
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