出会う前のキミに逢いたくて
「学生さん?」

「ええ」

何と答えておくのが無難か咄嗟に判断がつかずに、曖昧な返答をしてしまった。

平日の昼間、若い男が暇そうにしているというミステリアス。

「会社員です」
これでは、辻褄が合わない。

「バイト暮らしです」
そう答えるのもどうか。

「勤務医です」
いやいや、無理があるでしょ。

ご近所さんに与える印象を考えると、「学生」という肩書が最も無難かも。

「そうですそうです、大学に通ってます」

しれっと嘘を言い放った。

そのあとで、てっきり大学名を聞かれると思った。

その場合は近くの三流私大の名を出そうと考えていた。

下手にいい大学名を答えると「すごいじゃん! 学部は? 将来はどんな方向に進むのかしら? 楽しみだわね」などとトークがマシンガン化する恐れがあるからだ。

やはり三流私大の名を告げるとそれ以上は詮索されなかった。

まったく興味なさそうに「ふうーん」といっただけだった。

そういうアンタは昼間から家にいて何をやってるんだ?

「私はね、今日お休みなの」

ふだんは勤めに出てるらしい。

「ここに住むようになってだいぶたつのよね。何かあったら遠慮なく聞いてちょうだいね」

彼女は出口の前で立ち止まり、恐ろしいことにウインクした。

申し訳ないが似合わない。

今後はやめたほうがいいぜ。

他人のためにも、そして、あなたのためにも。
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