出会う前のキミに逢いたくて
「若者の間ではポピュラーな言葉だと思いますよ」


「悪かったね」
前田君が嫌味をいう。


「並行世界などとも表現されます。簡単にいっちゃうと、自分が今いる世界とは別に、それに並行して存在する別の世界のことです」


「マヤちゃん聞いたことあった?」


「うん。でも詳しくは知らない」


「オレは今初めて聞いた」


「映画とかマンガは読まないんですか?」
メガネくんがやや批判的な物言いをする。


「悪かったね」ふたたび前田君が嫌味をいう。「詳しく教えてくれよ」

「たとえば、部活動で野球部に入る自分が今の世界だとしたら、別の世界ではサッカー部に入って活躍する自分がいる。あるいは、運動部には入らず、文化部で地道に活動する自分がいるかもしれない。野球をしている自分にとって、他の選択肢がパラレルワールド。逆に、他の二つ、サッカー部や文化部を選ぶ人物からすると、今の自分がパラレルワールドになるんですね」


「こんがらがりそうだな」
前田君が自分の頭を叩く。

「もう一つ重要なことがあります。それは、それぞれの世界の人物同士が干渉しあうことはないということ。会うことはおろか、それぞれの存在を意識することはありません。わかりましたか?」

「…」
前田君は固まっている。

代わりに私が答えることにした。

「つまり、世界はいくつにも枝分かれしている。別の世界には別の私がいて、別の人生、毎日をおくっている。枝分かれ具合が半端なく、たとえばファミレスのドリンクバーでアイスティーを選ぶ私もいれば、オレンジジュースやアメリカンコーヒーを選ぶ私もいる。この世界の私はアセロラドリンクを飲んでいる。そういうことですよね?」

「おっしゃる通りです」

「で、そのこととマヤちゃんの疑問はどうつながるんだ?」前田君が尋ねた。

「つまり別の世界に住む誰かが僕らの世界に何らかの形で紛れ込んだ。
その人物は何らかの理由で原田投手の病気を知った。
そして何らかの方法でその事実を知らせた」

「おまえ、さっきから“何らかの”を連発し過ぎだぞ。“何らかの星人”かよ」

前田くんがちゃちゃを入れる。


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