出会う前のキミに逢いたくて
<シンジ>

とにかく喋りに喋った。


隙を作ると動揺が顔に出てしまいそうだから。


迷わず大型のテレビをすすめた。


原田くんの活躍を見るには打ってつけだと思ったから。


けどマヤはのってこなかった。


「こんな高いテレビ、買えませんよ」といって眉を寄せる。


その仕草がかわいすぎて卒倒しそうになった。


いや、かわいいという表現は適切ではない。

色っぽくなり、いい女に拍車がかかっている。

自分が知っているマヤとはかけ離れた存在。
にもかかわらず、オレのよく知るマヤがそこにはある。

ああ、我ながらなんと矛盾した表現なのだろう。

オレのためにカレーを作ってくれたり、部屋を掃除してくれたり、耳掃除をしてくれたりしたマヤはもうこの世にいない。

いや、最初からいなかったことになってしまっている。

今さらだけど悲しいし虚しい。

しかし、その人生を選んだのはオレなのだ。

でも歯を食いしばって接客する。

やがてマヤは言った。

「あのー、どこかで私たち、会ってません?」


「・・・」

いやいやいや。

それは絶対にいってはいけないことだし、いってほしくないし、ありえない、とんでもない問題発言である。


飲み込む唾はもう残ってなかった。
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