出会う前のキミに逢いたくて
彼は固まっていた。

このまま剥製になることを覚悟したかのように。

身動きひとつとらず。

けど私には確信があった。

この人に会ったことがある。

自分でいうのもなんだが、一度会った人の顔はたいてい忘れない。
その能力が喫茶店のバイトのときにも大いに役立った。

そうそう。
子どものとき、アパートの隣室に空き巣が入った。

わたしは偶然、塾帰りに犯人と鉢合わせした。

一瞬しか見てないけど、克明に顔を覚えていた。

後日、警察が来て、犯人の特徴を事細かく取材された。

わたしの話をもとに似顔絵を作成。

めでたく犯人は捕まった。そんなエピソードもあったなあ。

しかし、目の前の店員さんに会ったことは確かなはずなんだけど、時間も場所も思い出せない。

記憶の引き出しのどこかに彼はいるはずなのにな。

なんで覚えてるんだろう・・・。

きっと私の好きな顔だからだ。

だけど予想に反し、彼は激しくかぶりを振った。
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