出会う前のキミに逢いたくて
確かに、ドアの表札や集合ポストには「牧田」と苗字しか公開していない。

村上さんがマヤの下の名前を知らないのは当然だった。

どうするべきだろうか・・・。

「いやいやいや、この間、たまたま前を通りかかったときにですねぇ、連れの方とお話をされておりましてね、その人が彼女のことを“マヤちゃん”って呼ぶのをたまたま聞いたものですから。たしかマヤちゃんって言ってたと思うんだけどなぁ・・・違ってたらごめんなさい」

何とか、テキトーな理由を思いつきで取り繕った。

「ははあ。その連れって男の人だったでしょ。そうよ。そうに決まってるわ」

村上さんは、にやけた顔で力強く断言した。

その表情には、ほんの少しだけど、悪意というか、妬みみたいなものが混在している。

「ええ、そうでしたね。おっしゃるとおりです」

「で、どんな人だった?」

オレがここで言ってる「連れ」とはあの野太い声の男のことである。

声しか聞いてないから「どんな人だった?」と聞かれても答えようがないんだよなぁ。

でも、さっきオレは、マヤの部屋の前を通りかかったとき、連れの男性を目撃したというニュアンスで伝えてしまった。

一難去ってまた一難というやつだ。
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