蜜愛シンドローム ~ 陥溺の罠 ~【完】
一章
1.鬼軍曹とその部下
5月。
初夏の爽やかな日差しが窓越しに室内に差し込んでくる。
絢乃はふと顔を上げ、キーボードを叩いていた手を止めた。
椅子から立ち上がって窓に寄り、ブラインドをシャッと下ろす。
「・・・はぁ、これから暑くなりそうだなー・・・」
絢乃は呟き、再び椅子に腰を下ろした。
デスクの真中にはノートパソコンが置かれ、その周りにはパソコン関係の本や書類、付箋、蛍光ペンなどが散乱している。
女性らしいとはお世辞にも言えない有様だが、絢乃の場合は少し雑然とした状態の方が仕事がしやすい。
絢乃は大きく伸びをした後、ノートパソコンに向き直った。
秋月絢乃。25歳。
背の中ほどまであるまっすぐな黒髪を首の後ろでひとつにまとめ、白いシャツにグレーのパンツスーツを身に着けた、いわゆる『どこにでもいそうなOL』だ。
絢乃はグランツ・ジャパン(株)の情報システム部に所属する社内システムエンジニア(社内SE)で、主に社内のシステムの運用に携わっている。
グランツ・ジャパンはドイツにある家具メーカー『グランツ』の日本法人で、グランツから家具を仕入・販売している。
日本法人ができて15年。国内店舗は40ほどあり、どの店舗もそれなりに順調だ。
絢乃はその大きな黒い瞳で、じっとパソコンの画面を見つめていた。