蜜愛シンドローム ~ 陥溺の罠 ~【完】
恐らく雅人に特別な想いを抱いているわけではなく、単純に自分と一緒の車に乗りたくなかっただけだとは思うが・・・
表にこそ出さなかったが、絢乃の言葉は卓海の心の中の何かを著しく傷つけた。
心の中の、何か・・・
それは卓海自身にもよくはわからないのだが、絢乃の言葉を思い出すたびに、なぜか心の隅が軋むように痛む。
こんなことは、これまでになかったことだ。
卓海は唇の端に笑みを刻んだ。
・・・やはり、絢乃は面白い。
当分、退屈はせずに済みそうだ。
やはり、慧の妹なだけはある。
「・・・慧の妹、ねぇ・・・」
卓海は慧の顔を脳裏に思い浮かべた。
慧とは高校の同期だったこともあり、何度か飲みに行ったことがある。
慧は卓海が高校の時、学力に置いて唯一敵わなかった存在だ。
高校一年の頃は卓海の方が一方的にライバル視していたが、二年になる前に、どうあがいても慧には敵わないことを知った。
卓海が『努力の秀才』だとしたら、慧は『生まれながらの天才』だ。
もとより、敵うはずがない。
そしてそれを認めてからは、二人はたまに話したり、飲みに行ったりする仲になった。