蜜愛シンドローム ~ 陥溺の罠 ~【完】
五章
1.鬼と下僕
夏休み明けの出勤日。
絢乃は昼過ぎ、休憩スペースへと向かった。
その手には、小さな紙袋がある。
「・・・よ、絢乃ちゃん。夏休みはどうだった?」
休憩スペースに入った瞬間、横から声を掛けられ、絢乃はびくっと足を止めた。
見ると、卓海が煙草を燻らせながら椅子に腰かけ、足を組んでいる。
その黒ストライプのスーツも、艶やかな黒髪も、色気を漂わせた茶色い瞳も・・・
まさに大人の男、といった雰囲気だ。
そしてその隣では、香織が同じように煙草を片手に座っている。
香織は体にフィットしたスーツを身に着け、同じようにその細い足を組んでいる。
・・・大人の男と、大人の女。
なんだか会社らしからぬ雰囲気に思えるのは、気のせいだろうか。
しかし・・・。
香織は、卓海の裏人格は知らないのだろうか。
知らないで卓海を慕っているのだとしたら少し心配になるが、知ったうえで慕っているのだとしたら相当なツワモノだ。
などと思いながら、絢乃は手にしていた紙袋をぐいと卓海に差し出した。