蜜愛シンドローム ~ 陥溺の罠 ~【完】
「おれのことはもういいよ。・・・で、お前は? 今は特定の人はいるのか?」
慧の言葉に、卓海は目を細めてくすりと笑った。
・・・特定の人って・・・。
その聞き方自体、はっきり言って普通ではない。
無言の絢乃の前で、卓海はその形の良い唇を開く。
「特定の人は今はいないかな。・・・気になってるおもちゃはあるけど?」
「・・・」
───なんだか、前方からの視線が痛い。
必死で視線を合わせないようにしよう、と顔を背ける絢乃の斜め向かいで、雅人がため息交じりに言う。
「・・・加納。俺が言うことでもないが、女性社員の扱いには気を付けた方がいい。下手な態度を取ると、揉め事の元になる」
「ええ。わかってますよ。・・・既に一人いますからね、どうにも始末がつかない奴が」
クッと卓海は嗤い、言う。
その表情は隣にいる雅人には見えていないようだったが、正面にいる絢乃にはバッチリ見えてしまった。
・・・その、黒い凶悪な笑み。
やはり、鬼だ。
ヒィと息を飲んだ絢乃の前で、卓海はすっと元の表情に戻り、雅人を見る。