蜜愛シンドローム ~ 陥溺の罠 ~【完】




うっすらと化粧が施された顔に、髪留めで軽くまとめられた長い黒髪。

少しくたびれた感のあるスーツと鞄に無造作に突っ込まれたセミナーの資料が、いかにも仕事帰りのOLという感じだ。

その瞼はしだいに重くなり、やがてゆっくりと閉じられた。

そして髪を揺らし、コトンと雅人の肩に寄りかかってくる。

ふわっと香る、甘いシャンプーの香り。

雅人は肩に触れる温かさに、淡く暖かい何かが胸に湧き上がってくるのを感じた。

・・・これまで付き合ってきた女には感じたことのない、この感情。

雅人はこれまで女性と付き合うとき、最初からある『前提』のもとで付き合いを始めた。


───『結婚はしない』という前提。


雅人は昔から両親に、結婚の重要性について度々言われてきた。

そして父の跡を継ぐことが決まった今、雅人自身もその重要性を理解している。

自分の結婚相手は、それなりの家柄の出身でなければならない。

───北條の未来のために。

そう、わかってはいるのだが・・・。


タクシーは首都高に乗り、用賀方面へと走っていく。

やがてタクシーは絢乃のマンションの前に止まった。

マンションの前には、見覚えのある背格好の男が立っている。



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